クラウドコンピューティング (クラウド) はIT業界で欠かせない存在となっています。クラウド技術を使うことで、企業から個人に至るまで様々なユーザーが柔軟かつ効率的にITリソースを活用できるようになりました。中でもAmazon Web Services (AWS) は代表的なクラウドサービスで、世界中で広く利用されています。
本記事では、インフラ初心者やクラウド初心者の方向けに、クラウドコンピューティングの基礎からAWSの特徴、そして実際にAWSを使ってみるハンズオン手順までを解説します。
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クラウドコンピューティングとは?
クラウドコンピューティングとは、サーバーやストレージ、データベースなどのコンピューティングリソースをインターネット経由でオンデマンドに利用できるようにするサービス形態のことです。従来は自社でサーバーや設備を購入・設置して運用(オンプレミス)する必要がありましたが、クラウドの登場により必要なときに必要な分だけリソースを借りて使うことが可能になりました。クラウドサービスの利用者は、物理的なハードウェアを所有・管理する手間から解放され、インターネット経由で世界中どこからでもサービスにアクセスできます。
クラウドコンピューティングには、提供されるサービスの範囲に応じていくつかの種類があります。
代表的なモデルとしてIaaS (Infrastructure as a Service)、PaaS (Platform as a Service)、SaaS (Software as a Service) が挙げられます。それぞれ、インフラそのものを提供するもの、アプリケーション実行基盤を提供するもの、完成したソフトウェアを提供するものという違いがあります。本記事では主にIaaSに分類されるAWSについて解説していきます。
なお、クラウドサービスにはAWS以外にも、GoogleのGCP (Google Cloud Platform) やマイクロソフトのAzureなどがあります。
クラウドコンピューティングのメリット
クラウドを活用することで、従来のオンプレミス環境にはない多くのメリットが得られます。
- 初期費用の低減とコスト最適化: 自社でサーバー機器を購入・設置する必要がなく、使った分だけ料金を支払う従量課金モデルのため、初期投資を大幅に削減できます。需要に応じてリソースを増減できるため、遊休資産を抱える心配もありません。
- 迅速な提供とスケーラビリティ: 必要なITリソースを数クリックで素早く用意できます。サーバーのセットアップも数分から十数分程度で完了するため、新しいサービスの立ち上げスピードが飛躍的に向上します。アクセス負荷の増減に応じてサーバー台数やスペックを動的に調整(スケーリング)でき、常に適切な規模で運用可能です。
- 高い可用性と信頼性: 大手クラウド事業者のデータセンターは強固な設備と冗長構成を備え、オンプレミスよりも高い稼働率を実現しています。例えばAWSでは各地域に複数のデータセンター(後述するアベイラビリティゾーン)を配置し、一部で障害が発生してもサービス全体が停止しないよう設計されています。
- 運用負荷の軽減: ハードウェアの保守やソフトウェアのアップデート、バックアップなど多くの作業をクラウド事業者が担うため、利用者は自社のアプリケーション開発やビジネスに専念できます。例えば物理サーバー故障時の交換対応や、セキュリティパッチ適用作業などから開放されます。
- グローバルなサービス展開: クラウドは世界中のリージョンでサービスを提供しており、地理的に分散したユーザーにも低遅延でサービスを届けることができます。ビジネスの国際展開においても、各地域のクラウド拠点を利用することで現地と遜色ないパフォーマンスを実現可能です。
以上のように、クラウドコンピューティングはコスト・速度・規模・信頼性の面で大きな利点があり、小規模なスタートアップから大企業まで幅広く採用が進んでいます。
AWSとは?
AWS (Amazon Web Services) とは、Amazon社が提供するクラウドコンピューティングサービス群の総称です。2006年にサービスが開始されて以来着実に機能拡充とユーザー拡大が進み、現在では世界のクラウド市場で約30%前後のシェアを持つ最大手クラウドプラットフォームとなっています。AWSはその信頼性と豊富なサービスにより、スタートアップから大企業、個人開発者に至るまで幅広い層に利用されています。実際、AWSの知識やスキルはエンジニアだけでなくビジネスパーソンにとっても重要性が増しており、業務効率化や新サービス開発など様々な場面で活用されています。
AWSの主なメリット・特徴
AWSがこれほど支持されている理由として、次のような特徴・メリットが挙げられます。
- 柔軟な拡張性とスケーラビリティ: AWSでは必要に応じてサーバー台数やスペックを増減でき、ビジネスの成長に合わせてシステムをスムーズに拡張できます。小規模から始めてアクセス増加時に自動でスケールアウトする仕組み(オートスケーリング)や、負荷分散(ロードバランシング)のサービスも備わっており、ピーク時にも安定したサービス提供が可能です。
- 多種多様なサービス群: AWSは基本的なコンピューティング、ストレージ、データベース、ネットワークといったインフラ系サービスだけでなく、機械学習やIoT、ビッグデータ解析、ゲーム開発向けなど業界・用途特化のサービスまで 200以上のサービス を提供しています。例えば仮想サーバーのEC2、ストレージのS3、データベースのRDS、サーバーレスアーキテクチャのLambda、データ分析のRedshiftや機械学習のSageMakerなど、その豊富さが特徴です。
- 無料利用枠で気軽に試せる: AWSには無料利用枠 (Free Tier) が用意されており、初めてのユーザーでも一定範囲のサービスを無料で試すことができます。無料枠には「常時無料」「12ヶ月無料」「短期トライアル」の3種類があり、たとえばEC2仮想サーバーやS3ストレージは12ヶ月間無料枠の対象で毎月一定量まで無料利用可能です。この無料枠のおかげで、コストを心配せずにAWSの機能検証や学習を始められます。
- 強力なセキュリティと信頼性: AWSはクラウド業界でもトップクラスのセキュリティ対策を講じており、多層的な防御が施されています。アクセス権限管理サービス(IAM)による厳密な権限制御、データ暗号化やWebアプリケーションファイアウォール(WAF)といったセキュリティサービス、さらには国際的なセキュリティ認証の取得など、企業システムを安心して預けられる仕組みが整っています。また、99.99%を超える高い稼働率や強力な障害復旧体制を提供している点も信頼性につながっています。
- 世界中に広がるインフラ基盤: AWSは現在、世界各地に多数のリージョン (Region) とアベイラビリティゾーン (Availability Zone, AZ) を展開しています。リージョンとは地理的な地域ごとのデータセンター群、AZは各リージョン内に配置された独立したデータセンター施設を指します。1つのリージョン内に複数のAZを設けることでシステムを冗長化し、災害や障害発生時でも他のAZでサービスを継続できる高可用性を実現しています。日本国内にも東京リージョン(ap-northeast-1)と大阪リージョン(ap-northeast-3)の2つがあり、用途に応じて最適なリージョンを選択できます。
AWSの代表的なサービス
AWSには非常に多くのサービスがありますが、ここではインフラ初心者の方にもイメージしやすい主要サービスをいくつか紹介します。
- Amazon EC2 (Elastic Compute Cloud): AWSの仮想サーバー(VM)サービスです。必要なときに必要な台数のサーバーを作成でき、CPUやメモリなどスペックも自由に選択可能です。OSイメージ(AMI)から数分でサーバーを立ち上げられる手軽さが特徴で、ウェブサーバーやアプリケーションサーバーのホスティングによく利用されます。
- Amazon S3 (Simple Storage Service): 高い耐久性とスケーラビリティを持つオブジェクトストレージサービスです。画像や動画、バックアップデータなどあらゆるファイルをクラウド上に保存でき、必要に応じてインターネット経由で取得・共有できます。容量無制限で扱えるため、静的ウェブサイトのホスティングやデータレイクの構築にも利用されています。
- Amazon RDS (Relational Database Service): マネージド型のリレーショナルデータベースサービスです。MySQL、PostgreSQL、Oracle、SQL Serverなど主要なデータベースエンジンに対応しており、クラウド上でデータベースのセットアップから運用・スケーリングまで簡単に行えます。自動バックアップやフェイルオーバー機能も備わっているため、データベース運用の手間を大きく軽減できます。
- AWS Lambda: サーバーレスアーキテクチャを実現するイベント駆動型のコンピューティングサービスです。ユーザーがサーバーを用意することなく、関数(プログラムコード)を実行できる環境を提供します。必要なときに自動でコードが実行され、使用した分だけ課金されるため、アプリケーションの一部処理をイベントドリブンに実装したり、バッチ処理を走らせたりする用途で利用されています。
※このほかにも、NoSQLデータベースのAmazon DynamoDB、データ解析基盤のAmazon Redshift、コンテナ管理のAmazon ECS/EKS、機械学習プラットフォームのAmazon SageMaker、コンテンツ配信ネットワークのAmazon CloudFrontなど、用途別に実に様々なサービスがあります。必要に応じて組み合わせることで、オンプレミスでは実現が難しかった高度なシステムを短期間で構築できるのがAWSの強みです。
ハンズオン: AWSの始め方
ここからは実際にAWSを使ってみたい初心者の方向けに、AWS環境の利用を開始する手順を解説します。具体的には、AWSに登録して無料利用枠で仮想サーバー(EC2インスタンス)を立ち上げ、リモート接続するまでの流れを紹介します。以下のステップに沿って進めれば、クラウド上に自分専用のサーバーを作成する体験ができます。
ステップ1:AWSアカウントの作成と無料利用枠の確認
まずはAWSを利用するためのアカウントを作成します。AWS公式サイトのサインアップページからメールアドレスやパスワード、クレジットカード情報などを登録し、案内に従って進めてください(※本人確認のため電話認証等が行われます)。アカウント作成自体は無料で数分で完了します。
アカウント作成後、AWS管理コンソールにログインすると無料利用枠(Free Tier) に関する案内が表示されます。AWSには新規利用者向けに1年間有効な無料枠があり、例えばEC2は月750時間分(=常時稼働インスタンス1台分)、S3は月5GBまで、といったように多くのサービスを料金不要で試すことができます。無料枠の範囲内で利用する限り料金は発生しないため、まずはこの枠内で色々と触れてみると良いでしょう。ただし無料枠にも上限がある点に注意し、使用量はAWSコンソールの「課金ダッシュボード」で適宜確認してください。
ステップ2:EC2インスタンスの作成 (仮想サーバー立ち上げ)
それでは実際にAWS上に仮想サーバー(EC2インスタンス)を作成してみましょう。ここでは基本となるLinuxサーバーを1台起動してみる手順を説明します(無料枠内で進めます)。
- EC2ダッシュボードに移動: AWS管理コンソールにログイン後、サービス一覧から「EC2」を検索・選択します。EC2のダッシュボード画面が表示されたら、画面内の「インスタンスを起動する (Launch Instance)」ボタンをクリックします。
- AMIの選択: 最初にAMI (Amazonマシンイメージ) の選択画面になります。AMIとは仮想サーバーのテンプレートで、OSやミドルウェアがパッケージ化されたイメージのことです。ここでは「クイックスタート」タブからAmazon Linux 2を選びましょう(AWS公式の軽量Linuxで、無料利用枠対象)。初めてのサーバーにはAmazon Linuxが推奨されています。他にもUbuntuやWindows Serverなど様々なAMIがありますが、無料枠対象のものには「無料利用枠対象」と表示されています。
- インスタンスタイプの選択: 次に仮想サーバーのスペック(vCPU数やメモリ量)を選ぶ「インスタンスタイプ」設定があります。無料利用枠で使えるt2.micro(または一部リージョンではt3.micro)がデフォルトで選択可能になっているので、そのまま選びます。t2.microは1 vCPU、メモリ1GB程度の最も小規模なタイプですが、学習用途には十分です。なお用途に応じてより高性能なインスタンスタイプも多数ありますが、無料枠外だと課金されるため注意してください。
- キーペアの作成: インスタンスへのログイン認証に使用するキーペア(公開鍵・秘密鍵のセット)を指定します。初めての場合は「新しいキーペアの作成」を選択し、キーペア名を付けてキーファイル(.pem)をダウンロードしてください。この秘密鍵ファイルは後でSSH接続する際に必要なので安全に保管します。※キーペアを作成せずに進むこともできますが、その場合SSHでインスタンスに接続できなくなるため基本的に非推奨です。
- ネットワーク設定とセキュリティグループ: 次にネットワーク関連の設定がありますが、初心者であればデフォルト設定のままで問題ありません。デフォルトではプライベートネットワーク(VPC)内にインスタンスが配置され、またセキュリティグループ(仮想ファイアウォール)のルールも自動で作成されます。初期状態ではインバウンド(外部からの通信)はSSH(22番ポート) のみ全世界から許可する設定(
0.0.0.0/0
から22番ポート許可)になっています。これはどのIPアドレスからでもSSH接続できる設定で、学習目的で一時的に使う分には便利ですが、本番環境ではセキュリティ上推奨されません。必要に応じて後からWebサーバー用のHTTP(80番)などポートを開けることも可能です。 - ストレージとタグの設定: 次の画面ではストレージ容量やタグの設定があります。ストレージ(EBSボリューム)はデフォルトで十分なので変更せず、「次のステップ」へ進みます。タグはリソースに任意の識別情報を付けられる機能ですが、こちらも今回は特に設定不要です。
- インスタンスの起動: 設定内容の確認画面が表示されるので、問題なければ「起動」ボタンを押してインスタンス作成を開始します。数十秒〜数分程度で仮想マシンの作成が完了し、EC2ダッシュボードのインスタンス一覧に新しいインスタンスが「running(実行中)」状態で表示されます。
- インスタンスへの接続: 起動したばかりのインスタンスに実際にログインしてみましょう。インスタンス一覧から該当のインスタンスを選択し、「接続(Connect)」ボタンをクリックします。表示される接続オプションで「EC2 Instance Connect」を選ぶと、ブラウザ上にターミナル画面が開き、ワンクリックでサーバーにログインできます。これはAWSが提供するウェブ経由のSSH接続機能で、キーペアの秘密鍵を手元に置いていなくてもブラウザから直接サーバーを操作できる便利な方法です。無事ログインできたら、
uname -a
コマンドを実行してOS情報を確認したり、echo "Hello Cloud"
と入力してみるなど、クラウド上のサーバーにコマンドが実行できることを体験してみてください。 ※上記のEC2 Instance Connectがうまくいかない場合や、より本格的に操作したい場合は、ターミナルやPowershellからSSHクライアントを使って接続することもできます。その際は先ほどダウンロードしたキーペアの秘密鍵(.pem
ファイル)を用い、AWSが案内するSSH接続コマンドを実行してください。例えばLinux/Macであれば次のようなコマンドになります(xxx.pem
はキーファイル名、ec2-user
はAmazon Linuxのデフォルトユーザー名、後半はインスタンスの公開DNS):ssh -i "xxx.pem" ec2-user@ec2-**-**-**-**.compute.amazonaws.com
初回接続時は「接続しますか? (yes/no)」と確認が出るので「yes」と入力すればログインできます。 - インスタンスの停止/削除: 学習が終わったら、インスタンスを停止または終了(terminate)しておきましょう。不要なインスタンスを起動し続けると無料枠を超えて料金が発生する場合があります。インスタンス一覧で対象を右クリックし、「インスタンス状態」から「停止」または「終了」を選択できます。終了を選ぶとそのインスタンスは削除されます。一度削除したインスタンスのデータは基本的に復元できないため注意してください。
以上がAWS上で仮想サーバーを立ち上げる一連の流れです。初めてでもGUI操作中心で比較的簡単にできることがお分かりいただけたでしょう。
まとめ
本記事ではクラウドコンピューティングの基礎と、主要クラウドサービスであるAWSの概要、および初心者向けのハンズオン手順を紹介しました。クラウドの利点である柔軟性・スピード・コスト効率の高さは、現代のITインフラ構築・運用において大きな価値をもたらします。特にAWSはサービスの豊富さと安定性から、多くの企業で採用が進んでおり、クラウドスキルはエンジニアのみならず様々な職種で重要になりつつあります。
まずは無料利用枠を活用しながら、小さな検証環境を作ってクラウドの便利さを実感してみてください。そして慣れてきたら、AWS上でウェブサイトを構築したりデータ解析基盤を作るなど、一歩ずつ活用範囲を広げてみましょう。AWS公式からは初心者向けの学習コンテンツやハンズオントレーニング、認定資格制度(クラウドプラクティショナーなど)も提供されているので、自習に役立てるのもおすすめです。
クラウドコンピューティングとAWSの入門として、本記事の内容が皆様の学習の足がかりになれば幸いです。ぜひ実際に手を動かしながら、最新のクラウド技術に触れてみてください。